2013年7月7日日曜日

2013現代名歌小選 期末レポート(短歌創作)参考として

☆学期末のレポートとして、短歌創作を選ぶ人たちのために現代の短歌から参考作品を掲げておきます。たくさん選んだようでも、ここに掲げたのはごくわずかな歌人たちであり、作品もごくごくわずかです。
 この授業では、もっと古い近代の短歌を中心に読んできましたが、創作にあたっては、より広い新しい作り方も可能です。近代短歌の枠のみに無理に自分の創作をはめて狭めないように、これらを参考にしてください。
 



俵 万智
今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海
なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
「寒いね」と話かければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ一本で言ってしまっていいの
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったかのような公園
男というボトルをキープすることの期限が切れて今日は快晴        
はなび花火そこに光を見る人と闇を見る人いて並びおり
寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら
愛された記憶はどこか透明でいつでも一人いつだって一人        


米川千嘉子
〈女は大地〉かかる矜持のつまらなさ昼桜湯はさやさやと澄み      
やはらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水
桃の蜜てのひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終らむ
春の鶴の首打ちかはす鈍き音こころ死ねよとひたすらに聴く
さやさやとさやさやと揺れやすき少女らを秋の教室に苦しめてをり
ねぢれゆく時間のなかにまどろめば覚めて(つま)と子ふとあらざるべし    
幼き子にはじめての虹見せやればニギといふその()しきにふるへ


大西民子
おのずから意識遠のき豆電球のごとくになりてしまふときあり 
洋傘へあつまる夜の雨の音さびしき音を家まではこぶ
道のべの紫苑の花も過ぎむとしたれの決めたる高さに揃ふ
わかち持つ遠き憶ひ出あるに似てひそかにゐたり埴輪少女と
疑はず軍手と呼びて使ひ来ぬ今もそのまま洗へば白し
目に見ゆるこころの如くナプキンのかたちやさしくたたまれゐたり    
降りやまぬ雨の奥よりよみがへり挙手の礼などなすにあらずや   


山崎方代
こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり      
母の名は山崎けさのと申します日の暮方の今日の思いよ
黒き葉はゆれやまざりき犬死の覚悟をきめてゆくほかはなし
一生をこせこせ生きてゆくことのすべては鼻の先に出ている
おもいきり転んでみたいというような遂のねがいが叶えられたり


永井陽子
夜は夜のあかりにまわるティーカップティーカップまわれまわるさびしさ 
触れられて哀しむように鳴る音叉 風が明るいこの秋の野に        
うつむきてひとつの愛を告ぐるときそのレモンほどうすい気管支
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊  
ここはアヴィニョンの橋にあらねど♩♩♩曇り日のした百合もて通る
十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり  
少女はたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり
ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり
のぎへんの林に入りてねむりたり人偏も行人偏もわすれて
洋服の裏側はどんな宇宙かと脱ぎ捨てられた背広に触れる
冬瓜が次第に透明になりゆくを見てをれば次第にしにたくなりぬ 
錠剤を見つむる日暮れ ひろごれる湖よこの世にあらぬみづうみ


河野裕子  
逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと
陽にすかし葉脈くらきをみつめをり二人のひとを愛してしまへり
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
森のやうに獣のやうにわれは生く群青の空耳研ぐばかり 
夏帽子すこしななめにかぶりゐてうつ向くときに眉は長かり
振りむけばなくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花
言ひかけて開きし唇の濡れをれば今しばしわれを娶らずにゐよ
たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり
象の鼻先が土すれすれに揺れてゐる寂しさを言ふは容易(たやす)からずも
会ふたびにらつきよのやうになりてゆく小さなあたまの人なり母は
長くてもあと三十年しか無いよ、ああ、と君は応ふ椋の木の下
君を打ち子を打ち()けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る    
真剣に子を憎むこと多くなり打つこと少くなり今年のやんま
寂しさを知り分けし子が母を呼ぶ草笛よりも(ほそ)きそのこゑ


香川ヒサ
人あまた乗り合う夕べのエレヴェーター升目の中の鬱の字ほどに
かさはさか きゆはあはゆき くさはさく 循環バスは渋滞の中
白き雲鯨と思へば鯨にて鰐と思へば鰐なるが浮く
フセインを知らざるわれはフセインと呼ばるる画像をフセインと思ふ
タバスコを振り過ぎ「ありゃ・りゃ」と言ひたれど誰もをらねば「りゅ・りょ」と続ける
二つとも旨いそれとも一つだけまたは二つともまづい桃二個
その存在そのものがすでに悪なれば抹殺せねばならぬゴキブリ
トーストが黒こげになるこのことはなかったといふことにしませう
語りえぬことを言葉が語らせる例えば神の計画などを
人あまた行く夕暮の地下街を無差別大量の精神過ぎる
ひとひらの雲が塔からはなれゆき世界がばらば らになり始む
わたしには世界の果ての私がコーヒーカップをテーブルに置く
洪水の以前も以後も世界には未来がありぬいたしかたなく
何時間ここにゐたのか見つめゐる石の白さを言葉にしたら
往還の道の辺にある丸き石 とてもこれには勝てそうにない
冬の雨遠き広場に水溜り作りてをらむ 見なくともわかる
〈はじめに言葉があつた〉 幼な児が眼みはつて嘘をついてる


中城ふみ子  
音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐる
灼きつくす口づけさへも目をあけてうけたる我をかなしみ給へ
冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無残を見むか
背のびして唇づけ返す春の夜のこころはあはれみづみづとして
脱衣せる少女のごとき白き葱水に沈めて我はさびしゑ
かがまりて君の靴紐結びやる卑近なかたちよ倖せといふは
きられたる乳房黝(くろ)ずむことなかれ葬りをいそぐ雪ふりしきる
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ
出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
新しき妻とならびて彼の肩やや老けたるを人ごみに見つ
無き筈の乳房いたむとかなしめる夜々もあやめはふくらみやまず
この夜額に紋章のごとかがやきて瞬時に消えし口づけのあと
草はらの明るき草に寝ころべり最初より夫など無かりしごとく
灯を消してしのびやかに隣に来るものを快楽(けらく)の如くに今は狎()らしつ
身に副へる何の悲哀か螺旋階段登りつめれば降りる外なし
ゆつくりと膝を折りて倒れたる遊びの如き終末も見え
死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて