中城ふみ子 なかじょう ふみこ 1922-1954
音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐる
灼きつくす口づけさへも目をあけてうけたる我をかなしみ給へ
冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無残を見むか
背のびして唇づけ返す春の夜のこころはあはれみづみづとして
脱衣せる少女のごとき白き葱水に沈めて我はさびしゑ
かがまりて君の靴紐結びやる卑近なかたちよ倖せといふは
きられたる乳房黝(くろ)ずむことなかれ葬りをいそぐ雪ふりしきる
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ
出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
新しき妻とならびて彼の肩やや老けたるを人ごみに見つ
無き筈の乳房いたむとかなしめる夜々もあやめはふくらみやまず
この夜額に紋章のごとかがやきて瞬時に消えし口づけのあと
草はらの明るき草に寝ころべり最初より夫など無かりしごとく
灯を消してしのびやかに隣に来るものを快楽(けらく)の如くに今は狎(な)らしつ
身に副へる何の悲哀か螺旋階段登りつめれば降りる外なし
ゆつくりと膝を折りて倒れたる遊びの如き終末も見え
死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて
小中英之 こなか ひでゆき 1937-2001
昼顔のかなた炎えつつ神神の領たりし日といづれかぐはし
氷片にふるるがごとくめざめたり患むこと神にえらばれたるや
月射せばすすきみみづく薄光りほほゑみのみとなりゆく世界
遠景をしぐれいくたび明暗の創(きず)のごとくに水うごきたり
花びらはくれなゐうすく咲き満ちてこずゑの重さはかりがたしも
身辺をととのへゆかな春なれば手紙ひとたば草上に燃す
螢田てふ駅に降りたち一分の間(かん)にみたざる虹とあひたり
鶏ねむる村の東西南北にぼあーんぼあーんと桃の花見ゆ
死ぬる日をこばまずこはず桃の花咲く朝ひとりすすぐ口はも
つはぶきの花は日ざしをかうむりて至福のごとき黄の時間あり
六月はうすずみの界ひと籠に盛られたる枇杷運ばれて行く
無花果のしづまりふかく蜜ありてダージリンまでゆきたき日ぐれ
春をくる風の荒びやうつし身の原初(はじめ)は耳より成りたるならむ
今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅
芹つむを夢にとどめて黙ふかく疾みつつ春の過客なるべし
みづからをいきどほりつつなだめつつ花の終りをとほく眺めつ
花馬酔木いく夜か白しうらがなしふくろふ星雲うるむ夜あらむ
座につきてあはれ箸とる行為さへあと幾年のやさしさならむ
0 件のコメント:
コメントを投稿