2013年5月12日日曜日

与謝野晶子


よさの あきこ
1878-1942年(明治11年―昭和17年) 
堺県堺区甲斐町西1丁(現在の大阪府堺市堺区甲斐町西1丁)生。東京都で死去。





その子二十(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春の美くしきかな       

清水(きよみづ)祇園(ぎをん)をよぎる花月夜こよひ逢ふ人みな美くしき

経は苦し春のゆふべを奥の院の二十五菩薩歌受けたまへ

やは肌のあつき血潮に触れも見でさびしからずや道を説く君

何となく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな

ゆあみして泉を出でし我が肌に触れるるは苦し人の世の(きぬ)

四条橋おしろい厚き舞姫の(ぬか)ささやかに打つあられかな

昨日(きのふ)をば千とせの前の世と思ひ御手なほ肩にありとも思ふ

春の夜に小雨そぼ降る大原や花に狐の出でてなく寺            

をとめなれば姿は()ぢて君に()るこころ(あめ)行く日もありぬべし

海恋し(しほ)の遠鳴りかぞへてはをとめとなりし父母(ちちはは)の家        

鎌倉や御仏(みほとけ)なれど釈迦牟(しやかむ)()美男(びなん)におはす夏木立かな

()よすれば香る(いき)はく石の獅子(しし)ふたつ()むなる夏木立かな

髪に()せばかくやくと射る夏の日や王者(わうしや)の花のこがねひぐるま

里ずみの春さめふれば傘さして君とわが植う海棠(かいだう)の苗

蓮を()り菱の実とりし(たらひ)(ふね)その水いかに秋の長雨

誰が子かわれにをしへし(はし)納涼(すずみ)十九の夏の浪華風流(なにはふうりう)

(なな)たりの美なる人あり(すだれ)して船は御料(ごれう)の蓮きりに行く

水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな

まる山のをとめも比叡の大徳(だいとこ)も柳のいろにあさみどりする

金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏(いてふ)ちるなり岡の夕日に

春雨やわがおち髪を巣に編みてそだちし(ひな)(うぐひす)の鳴く      

軒ちかき御座(みざ)()()と月光のなかにいざよふ夜の黒髪

きぬぎぬや雪の傘する舞ごろもうしろで見よと橋こえてきぬ

わが宿の春はあけぼの紫の糸のやうなるをちかたの川

ふるさとの潮の遠音(とほね)のわが胸にひびくをおぼゆ初夏の雲

梅雨晴(つゆばれ)の日はわか()こえきらきらとおん髪にこそ青う照りたれ

夏のかぜ山よりきたり三百の(まき)のわか馬耳吹かれけり

君まさぬ端居(はしゐ)やあまり数おほき星に夜寒(よさむ)をおぼえけるかな

朝ぼらけ羽ごろも(じろ)(あめ)の子が乱舞するなり八重桜ちる

夏まつりよき帯むすび舞姫に似しやを思ふ日のうれしさよ

うすいろを著よと申すや物焚(ものた)きしかをるころものうれしき(ゆうべ)

ふと思ふ()とせの昔海見れば足のよろめく少女(をとめ)なりし日

思ふ人ある身はかなし雲わきて尽くる色なき大ぞらのもと      

高き屋にのぼる月夜のはださむみ髪の上より()をさらに著ぬ

仁和寺(にんなじ)のついぢのもとの青よもぎ()ふやと君の問ひたまふかな

みづうみの底より()ふる杉むらにひぐらし鳴きぬ箱根路くれば

あざやかに(さざなみ)うごくしののめの水のやうなるうすものを著ぬ     

美しき大阪人とただ二人乗りたる汽車の二駅のほど

さきに恋ひさきにおとろへ先に死ぬ(おみな)の道にたがはじとする

月見(つきみ)(ぐさ)花のしをれし原行けば日のなきがらを踏むここちする

子らの(きぬ)皆あたらしく美しき皐月(さつき)一日(ついたち)花あやめ咲く

雨がへる手まりの花のかたまりの下に()くなるすずしき夕

男きて()れがほに寄る日を思ひ恋することはものうくなりぬ

たをやめは(おも)がはりせず死ぬ毒と云ふ薬見て心まよひぬ

一しづく髪に落つれば全身の濡れとほるらん水にたへたり

はかなごと七つばかりも重なればはなれがたかり朝の小床(をどこ)

君きぬと五つの指にたくはへしとんぼはなちぬ秋の夕ぐれ

わが髪の(すそ)にさやさや風かよふ八畳の間の秋の夕ぐれ

秋くれば腹立つことも苦しきも少ししづまるうつし世ながら     

あかつきの竹の色こそめでたけれ水の中なる髪に似たれば

起き臥しに悩むはかなき心より萩などのいとつよげなるかな

はかなかるうつし世びとの一人をば何にも我れは換へじと思へる

残りなく皆ことごとく忘れんと苦しきことを思ひ立ちにき

わがよはひ盛りになれどいまだかの源氏の君の問ひまさぬかな

夏の夜は馬車して君に逢ひにきぬ無官の人のむすめなれども

むらさきと白と菖蒲(あやめ)は池に居ぬこころ解けたるまじらひもせで

なほ人に逢はんと待つやわが心(ゆふべ)となれば黄なる()ともる

蜂蜜の青める玻璃(はり)のうつはより初秋きたりきりぎりす鳴く

相よりてものの哀れを語りつとほのかに覚ゆそのかみのこと

あらかじめ思はぬことに共に泣くかるはずみこそうれしかりけれ

わが頼む男の心うごくより寂しきはなし目には見えねど

夏の花みな水晶にならんとすかはたれ時の夕立のなか

水仙は白妙ごろもきよそへど恋人持たず香のみを焚く

春の日となりて暮れまし(こん)孔雀(くじやく)の羽となりて散らまし







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