2014年4月6日日曜日

短歌観の拡張のために



正岡子規
潮早き淡路の瀬戸の海狭み重なりあひて白帆行くなり
たちならぶあまのいそ屋のたえ間より岩うつ波の音ぞ聞ゆる
家ごとにふすぶる蚊遣なびきあひ墨田の川に夕けぶりたつ
風吹けば蘆の花散る難波潟夕汐満ちて鶴低く飛ぶ
わが庭の垣根に生ふる薔薇の芽の莟ふくれて夏は来にけり

長塚節
暁のほのかに霧のうすれゆく落葉松山にかし鳥の鳴く
秋の田のゆたかにめぐる諏訪のうみ霧ほがらかに山に晴れゆく
相模(さがみ)()みえ安房の()鋸山(のこぎりやま)
落葉せるさくらがもとにい添ひたつ()槿(くげ)秋雨

若山牧水
うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山ざくら花
春白昼ここの港に寄りもせず岬を過ぎて行く船のあり
摘草のにほひ残れるゆびさきをあらひて居れば野に月の出づ
かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
この手紙赤き切手をはるにさへこころときめく哀しきゆふべ
父の髪母の髪みな白み来ぬ子はまた遠く旅をおもへる
山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
幾山河超えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
われ歌をうたへりけふも故わかぬかなしみどもにうち追はれつつ

塚本邦雄
雪の夜の浴室で愛されてゐた黒いたまごがゆくへふめいに

葛原妙子
晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて
他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水

高野公彦
白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり

永井陽子
夜は夜のあかりにまわるティーカップティーカップまわれまわるさびしさ
少女たちはたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり
十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊

与謝野晶子
春の夜に小雨そぼ降る大原や花に狐の出でてなく寺
清水へ祇園をよぎる花月夜こよひ逢ふ人みな美くしき
その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美くしきかな
物売にわれもならまし初夏のシヤンゼリゼエの青き()
ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)雛罌粟(コクリコ)
寺へ行く薔薇いろの()石坂

藤原良経
見ぬ世まで思ひ残さぬながめより昔にかすむ春の曙
冬の夢のおどろきはつる曙に春のうつつのまづ見ゆるかな

藤原定家
春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲の空
はかなしな夢に夢見しかげろふのそれも絶えぬるなかの契りは



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