2014年4月13日日曜日

早春から桜の頃


加藤治郎
荷車に春のたまねぎ弾みつつ アメリカをみたいって感じの目だね

米川千嘉子
春雪のなかの羽毛を拾ひくるこの子を生みしさびしさ無限
春の鶴の首打ちかはす鈍き音こころ死ねよとひたすらに聴く
〈女は大地〉かかる矜持のつまらなさ昼さくら湯はさやさやと澄み
やはらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水

花山多佳子
葉桜に外灯の照るひとところかなたに見えて逢ひのごとしも

永田和宏
水底にさくら花咲くこの暗き地上に人を抱くということ

河野裕子(かわのゆうこ)
夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと
振りむけばなくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花
死の後にゆき逢ふごとき寂かさに水に映りて桜立ちゐき

沖ななも
父母は梅をみておりわれひとり梅のむこうの空を見ている
歩きつつふりかえりつつ見る桜こうしてみれば他人の桜

藤井常世
日はさせど飢ゑゐるごとき心にてすこしつめたく桜さくなり

小中英之
鶏ねむる村の東西南北にぼあーんぼあーんと桃の花見ゆ
死ぬる日をこばまずこはず桃の花咲く朝ひとりすすぐ口はも
花びらはくれなゐうすく咲き満ちてこずゑの重さはかりがたしも
今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅

石川不二子
葉ざくらとなりて久しとおもふ木のをりをりこぼす白きはなびら

稲葉京子
抱かれてこの世の初めに見たる白 花極まりし桜なりしか
細枝まで花の重さを怯へゐる春のあはれを桜と呼ばむ
わが青年よ若かりし日のわれもまた天道を焦げ落ちたる雲雀

雨宮雅子
さくらばな見てきたる眼をうすずみの死より甦りしごとくみひらく
春がすみ濃くなる方へ向はんと留守電をもて存在を消す
百済ぼとけの渡来は春の日なるべしほのあをむわが素足に思へば

馬場あき子
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり

岡井隆
花から葉葉からふたたび花へゆく眼の遊びこそ寂しかりけれ

尾崎左永子
雨の日のさくらはうすき花びらを傘に置き地に置き記憶にも置く

富小路禎子
咲き満ちて空なくなりし桜並木暗し冥しと父母の墓訪ふ

山中千恵子
さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人と生れて

上田三四二
しづかなる狭間をとほりゆくときにわが踏むはみな桜の花ぞ
さびしさに耐へつつわれの来しゆゑに満山明るこの花ふぶき
ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
人群にまぎれてゆけば夜桜の花のあかりは散る花あかり
夕かげのなかに桜はほの明る清らをつくし冴えまさるなり

河野愛子
湯のはやく沸くべくなりし三月の明るさに髪を洗ひてゐたる
しぐれてはさくらのはなの虚空ふかく紅さすものに蔽はれむわれ
八重のさくら咲きくづれゐるゆふやみの襞いろあふれ人ゆきはてし

中条ふみ子
葉ざくらの記憶かなしむうつ伏せのわれの背中はまだ無疵なり

窪田章一郎
よきものは一つにて足る高々と老木の桜咲き照れる庭




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