いとうかずひこ 1943-
鶴の首夕焼けておりどこよりもさびしきものと来し動物園
おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たちおもき内臓もつを
動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや
月光をはかなくしたり午後十時過ぎし金木犀の花の香
輪廻とはいかなることや灯を消ししのち一家にて聴く青葉木菟
あたたかき雨を濡らせる郁子の花この子の恋にまだいとまある
猫の墓つくりしのみにわが家の命ふかくぞなりしと思ふ
青梅を籠さげて待つおさなごよわが亡きのちに汝は死すべき
長きながき吐息のごとくきこえくる夜のあり寒の日向灘の潮
眼のくらむまでの炎昼あゆみきて火を放ちたき廃船に遭ふ
啄木をころしし東京いまもなほヘリオトロープの花よりくらき
過ぎにしを言ふな思ふな凧高くうちあがりゆく今が永遠
透きとほる水をかさねて青となる不思議のごとき牧水愛す
緘黙の少年とゐて見上げたり空いつにても処女地と思ふ
東京に捨てて来にけるわが傘は捨て続けをらむ大東京を
緑濃き曼珠沙華の葉に屈まりてどこにも往かぬ人も旅人
「正しきことばかり行ふは正しいか」少年問ふに真向ひてゐつ
おぼれゐる月光見に来つ海号とひそかに名づけゐる自転車に
われを知るもののごと吹く秋風よ来来世世はわれも風なり
南国ゆ来たる男の頬打ちて愉しむ雪よ待ちくれたりや
秀吟の生れざらめやも妻娘母の十なる胸乳あるわが家
われはなぜわれに生れたる 中年の男の問ふは滑稽ならむ
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