2013年6月2日日曜日

斎藤茂吉 2

さいとうもきち
1882年ー1953年(明治15年ー昭和28年)
山形県南村山郡金瓶(かなかめ)村(現在の上山市金瓶)生。東京で死去。





蔵王より(さか)りてくれば平らけき国の真中(もなか)に雪の降る見ゆ    

ふかぶかと降りつもりたる雪原に杉木立あるは寂しきものぞ

杉の木に杉風おこり松の木に松風が吹くこの庭あはれ

かすかなる出で入る息をたのしみて(ふし)()にけふも暮れむとぞする

雪ふぶく頃より臥してゐたりけり気にかかる事も皆あきらめて

うぐひすはかなしき鳥か梅の樹に来啼ける声を聞けど飽かなく

幻のごとくに病みてありふればここの夜空を(かり)がかへりゆく

もろごゑに鳴ける蛙を夜もすがら聞きつつ病の癒えむ日近し

鉛いろになりしゆふべの最上川こころ静かに見ゆるものかも

夕映のくれなゐの雲とほ長く鳥海山の奥にきはまれり

彼岸(かのきし)に何をもとむるよひ闇の最上川のうへのひとつ蛍は

かの空にたたまれる(よる)の雲ありて(とほ)いなづまに紅くかがやく

蛍火をひとつ見いでて()()りしがいざ帰りなむ老の臥処(ふしど)

しづかなる曇りのおくに雪のこる鳥海山の(また)けきが見ゆ

水の上にほしいままなる甲虫(かふちゆう)のやすらふさまも心ひきたり

近よりてわれは()()らむ白玉の牡丹の花のその自在(じざい)(しん)

ながらへてあれば涙のいづるまで最上の川の春ををしまむ

逝く春の朝靄こむる最上川岸べの道を少し歩めり

おしなべて人は知らじな衰ふるわれにせまりて啼くほととぎす

いきどほる心われより無くなりて()けむとぞする(やまひ)(とこ)

ほがらかに聞こゆるものか夜をこめて二つあひ呼ばふ梟のこゑ

白牡丹つぎつぎひらきにほひしが最後の花がけふ過ぎむとす

ひむがしゆうねりてぞ来る最上川見おろす山に眠りもよほす

庭の上に柏の太樹(ふとき)かたむきて立てるを見れば過ぎし代おもほゆ

山鳩がわがまぢかくに啼くときに午餉(ひるげ)を食はむ湯を乞ひにけり

ひとり居る和尚不在の寺に入り「寿山聳(じゆざんそびゆ)」の(へん)を見にけり

黒滝の山にのぼりて見はるかす最上川の行方(ゆくへ)こほしくもあるか

くろぐろとしたる木立にかこまるる小峡(をかひ)の空は(さや)にこそ澄め

かぎりなく(みの)らむとする田のあひの秋の光にわれは歩める

われひとり憩ひてゐたる松山に松蝉鳴きていまだ暑しも

つくづくと病に臥せば山のべの躑躅の花も見ずて過ぎにき

秋の日は対岸(たいがん)の山に落ちゆきて一日(ひとひ)ははやし日月(ひつき)ははやし

蕎麦の花咲きそろひたる畑あれば蕎麦を食はむと思ふさびしさ

最上川に手を(ひた)せれば魚の子が寄りくるかなや手に触るるまで

あまつ日のかたむく頃の最上川わたつみの色になりてながるる

この原にわれの居りたるゆふまぐれ鳥海山は晴れて(また)けし

最上川のなぎさに居れば対岸(かのきし)の虫の声きこゆかなしきまでに

病より癒えて(きた)れば最上川狭霧のふかきころとなりつも

岩の間にかぐろき海が見えをれば岩をこえたる浪しぶき散る

わたつみは凪ぎたるらむか夜をこめていでゆく船のその音きこゆ

旅人もここに飲むべくさやけくも磯山かげにいづる水あり

外光にいでてし来れば一山(ひとやま)を吹き過ぎし風もわれに寂しゑ

はやくより雨戸をしめしこのゆふべひでし黄菊を食へば楽しも

やうやくに色づかむとする秋山の谷あひ占めて白き茅原(かやはら)

われひとりきのふのごとく今日もゐてつひに寂しきくれぐれの山

ここに立ち夕ぐるるまでながめたる最上川のみづ平明(へいめい)にして

たひらなる命生きむとこひねがひ朝まだきより山こゆるなり

山の木々さわだつとおもひしばかりにしぐれの雨は(かひ)こえて来つ

(かひ)(そら)片よりに蒼く晴れをりて吹きしまく時雨の音ぞ聞こゆる

この鮎はわれに食はれぬ小国川の蒼ぎる水に大きくなりて

最上川の支流は山にうちひびきゆふぐれむとする時にわが居つ

浅山に入りつつ心しづまりぬ楢のもみぢもくれなゐにして

こもごもに心のみだれやまなくに葉広がしはのもみぢするころ

しぐれの雨うつろふなべに吾をめぐる山うつくしくなりて来にけり

かくのごとく楽しきこゑをするものか松山のうへに鳶啼く聞けば

しづかなる亡ぶるものの心にてひぐらし一つみじかく鳴けり

しぐれふる(かひ)にしづかにゐむことも今のうつつは吾にゆるさず

おほどかに流れの見ゆるのみにして月の照りたる冬最上川

ひむがしに霧はうごくと見しばかりに最上川に降る朝しぐれの雨

いただきに黄金のごとき光もちて鳥海の山ゆふぐれむとす

あたたかき心の奥にきざすもの人を救はむためならなくに

たけ高き紫苑の花の一むらに時雨の雨は降りそそぎけり

かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる


最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも







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