2013年6月23日日曜日

与謝野晶子 2

よさの あきこ
1878-1942年(明治11年―昭和17年) 
堺県堺区甲斐町西1丁(現在の大阪府堺市堺区甲斐町西1丁)生。東京都で死去。





この年の春より夏へかはる時(やまひ)ののちのおち髪ぞする        

(こずゑ)より音して落つる(ほほ)の花白く夜明くるここちこそすれ

やはらかに心の濡るる三月の雪解(ゆきげ)の日よりむらさきを著る

()(もと)に落ちて青める白椿われの湯浴(ゆあみ)に耳をかたぶく

人並(ひとなみ)に父母を持つ身のやうにわがふるさとをとひ給ふかな

(すず)となり(しろがね)なりうす赤きあかざの原を水の流るる

秋の夜の()かげに一人もの縫へば小き虫のここちこそすれ

芝居よりかへれば君が文つきぬわが世もたのしかくの如くば

藤の花わが手にひけばこぼれたりたよりなき身の二人ある(ごと)

うき草の中より(うを)のいづるごと夏木立をば上りくる月

飽くをもて恋の終と思ひしに(この)さびしさも恋のつづきぞ

おのれこそ旅ごこちすれ一人ゐる昼のはかなさ()のあぢきなさ

おなじ世のこととは何のはしにさへ思はれがたき日をも見るかな

人の世の掟の上のよきこともはたそれならぬよきこともせん     

むかしの日姉とおもひし桜草いもうととして君と(つちか)

うすものの夏も寒げに見ゆるまで痩せたる人となりにけるかな

廊などのあまり長きを歩むとき尼のここちす春のくれがた

()()咲きぬさびしき白と火の色とならべてわれを悲しくぞする

夏来ればすべて目を()く鏡見て人にまさるとするもこれより

われは()し生まれながらにまぼろしをうちともなへる眼とおもふかな

三千里わが恋人のかたはらに柳の絮の散る日にきたる

初夏やブロンドの髪くろき髪ざれごとを云ふ石のきざはし

四つ辻の薔薇を積みたる車よりよき()ちるなり初夏の雨

くれなゐの(さかづき)に入りあな恋し(うれ)しなど云ふ細き麦わら

ああ皐月(さつき)()(ラン)西()の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)

物売にわれもならまし初夏のシヤンゼリゼエの青き()のもと

生きて世にまた見んことの(かた)からば悲しからまし暮れゆく巴里(パリイ)

旅びとの涙なれどもなごやかに流るるものか夜の巴里に

寺へ行く薔薇いろの()とすれちがふ石坂道の夏の朝かぜ

夏川のセエヌに臨むよき酒場フツクの(しやう)雛罌粟(コクリコ)の花

月さしぬロアルの河の水上(みなかみ)夫人(マダム)ピニヨレが石の山荘

巴里なるオペラの前の大海(おほうみ)にわれもただよふ夏の夕ぐれ

はだへよりはだへに吹きてなまめかし芝居の廊の夏のそよ風

(いづ)れぞや我がかたはらに子の無きと子のかたはらに母のあらぬと

セエヌ川船上る時見馴(みな)れたる夕の橋のくらきむらさき

酒場(キヤバレイ)の地獄の給仕かのこともその日の(わざ)も見透かして云ふ

この人はなにを(あきな)ふ恋びとの(あか)きなみだとしろき涙と

四十日(よそか)ほど寐くたれ髪の我がありしうす水色の船室を出づ

子を思ひ一人かへるとほめられぬ苦しきことを()めたまふかな

心中をせんと泣けるや雨の日の白きこすもす(あか)きこすもす     

朝顔や物のかげにも一つ咲くひるがほめきしはかなさをもて

小鳥きて少女(をとめ)のやうに身を洗ふ木かげの秋の水たまりかな

初春のうら(じろ)の葉やかけなまし少し恨みのまじる心に
老いぬらん去年(こぞ)一昨年(をとどし)の唯ごとのそのなつかしさ極まりもなし

白き雲遠方(をちかた)ならで此処(ここ)にこよ()れもよかれし橋のてすりに         

菊咲きてまだらになりぬ早くよりもみぢしつるもまじる草むら

秋といふ(いき)ものの(きば)夕風の中より見えて寂しかりけり

しろがねの一艘の船うかび出でゆきもどりすれ秋のこころに

(かり)の身も水また雲のいにしへにいささかかへるここちす秋は

西京(さいきやう)友禅(いうぜん)描きに売りなましまぼろしとのみ遊ぶ男を

こころにも花を刺繍(ぬひ)しぬうすものの衣をめづる夏の女は

朝顔はわがありし日の姿より少しさびしき水色に咲く

かにかくも君は君のみ知る世界われはわれのみ見つる日を待つ

白き桶三つ四つおかれ切なげにかなかな鳴ける夏木立かな

全身を口びるのごと吸ふ波をややうとましく思へる夕

白やかにはなればなれに降る雨は男のごとし夏の夕に

海の上つりがね草のふくろよりやや赤ばみて夕立ぞ降る

夏の日の夕立まへの大空のしづかならぬが身にしみぬわれ

白雲が水噴き上ぐるさましたる御空(みそら)のもとの夕ぐれの風

水だまり五月(さつき)の雨にくだけたる薔薇を浮けたり白鳥(しらとり)のごと

とけ合はぬ絵具(ゑのぐ)のごとき雲ありて春の夕はものの思はる

まぼろしが幻として()ぬ薬われのみぞ持つ君のみぞ持つ         

女より選ばれ君を男より選びしのちのわが世なりこれ

あな恋し琥珀の色の冬の日のなかに君あり椿となりて

目のまへに春の来たりしよろこびの外に唯今何ごともなし





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