2013年6月2日日曜日

斉藤茂吉 3

さいとうもきち
1882年ー1953年(明治15年ー昭和28年)
山形県南村山郡金瓶(かなかめ)村(現在の上山市金瓶)生。東京で死去。





冬の鯉の内臓も皆わが胃にてこなされにけりありがたや 

雪の上にかげをおとせる杉木立その影ながしわれの来しとき

歯科医よりかへり来たりて一時間あまり床中(しやうちゆう)に這入りゐしのみ

両岸(もろぎし)にかぶさるごとく雪つみて早春(はやはる)の川()(かさ)まされる

ひとり言われは言はむかしかすがに一首の歌も骨が折れるなり

外出より帰り来りて靴下をぬぎ足袋に穿きかへにけり(なに)(ゆゑ)

春の()むけはひといへどあまのはら一方(ひとかた)はれて一方(ひとかた)くもる

名残とはかくのごときか塩からき魚の目玉をねぶり居りける

(ひと)(ふゆ)を降りつみし雪わが(そば)に白きいはほのごとく()のこる

あまづたふ日は高きより照らせれど最上川の浪しづまりかねつ

道のべに()()の花咲きたりしこと何か罪ふかき感じのごとく

ほがらほがらのぼりし月の下びにはさ霧のうごく(よる)の最上川

まどかなる月はのぼりぬ二わかれながるる川瀬(あか)くなりつつ

月読ののぼる光のきはまりて大きくもあるかふゆ最上川

まどかなる月の照りたる最上川川瀬のうへよ霧見えはじむ

まどかなる月やうやくに傾きて最上川のうへにうごく(さむ)(もや)

ふる雪の降りみだるれば岡の上の杉の木立(こだち)もおぼろになりぬ

雪の中より小杉(こすぎ)ひともと出でてをり或る時は(しやう)あるごとくうごく

あまぎらし降りくる雪のおごそかさそのなかにして最上川のみづ

ふゆ寒く最上川べにわが住みて心かなしきをいかにかもせむ

最上川ながれさやけみ時のまもとどこほることなかりけるかも

足元の雪にまどかなる月照れば青ぎる光ふみてかへるも

横ざまにふぶける雪をかへりみむいとまもあらず橋をわたりつ

けふ一日(ひとひ)雪のはれたるしづかさに小さくなりて日が山に入る

数十年の過去(くわこ)()となりしうら若きわが存在(そんざい)はいま夢となる

眼下(まなした)を大淀なして流れたる最上の川のうづのおと聞こゆ

最上川雪を浮ぶるきびしさを来りて見たりきさらぎなれば

老いし歯の痛みゆるみしさ夜ふけは何といふわが心のしづかさ

白き()はいまだかしこにあるらしくみだれ降りたる雪やまむとす

なげかひを今夜(こよひ)はやめむ最上川の石といへども(つね)ならなくに

ぬばたまの夜空に鷺の啼くこゑすいづらの水におりむとすらむ

いたきまでかがやく春の日光に蛙がひとつ息づきてゐる

最上川のなぎさに近くゐたりけりわれのそがひはうちつづく雪

かげる山てりかへる山もろともに雪は真白に降りつもりたる

まなかひに見えをる山の雪げむりたちまちにしてひくくなりたり

あまつ日の光あたれる山なみのつづくを見れば白ききびしさ

かたはらに黒くすがれし()の実みて雪ちかからむゆふ山をいづ

こもりより吾がいでくればとほどほに雪うるほひていまぞ春()

人は(もちひ)のみにて生くるものに非ず漢訳聖書はかくもつたへぬ

全けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか

両岸(りやうがん)をつひに浸してあらそはず最上川のみづひたぶる流る

わが心今かおちゐむ最上川にぶき光のただよふ見れば

濁水(だくすゐ)に浮び来りて速し速しこの大き河にしたがへるもの

河鹿鳴くおぼろけ川の水上にわが居るときに日がかたぶきぬ

城山をくだり来て川の瀬にあまたの河鹿(かじか)聞けば楽しも

年老いて(われ)(きた)りけりふかぶかと八郎潟に梅雨(つゆ)の降るころ

北へ向ふ船のまにまに見えて来しひくき陸山(くがやま)くろき前山(さきやま)

あま雲のうつろふころを大きなるみづうみの水ふりさけむとす

われもまた現身(うつせみ)なれば悲しかり山にたたふるこの(うみ)に来て

常なしと吾もおもへど見てゐたり田沢湖(たざはこ)の水のきはまれるいろ

山のべにうすくれなゐの胡麻の花過ぎ行きしかば沁むる日のいろ

かば色になれる胡瓜(きうり)を持ち(きた)り畳のうへに並べて居りき

峡のうへの高原(たかはら)にして湧きいづる湯を楽しめば何かも云はむ

のぼり()(ひぢ)(をり)の湯はすがしけれ(まなこ)つぶりながら()ぶるなり

朝市(あさいち)に山のぶだうの()ゆきを()みたりけりその真黒(まくろ)きを

川のおと山にひびきて聞こえをるその川のおと吾は見おろす

あけび一つ机の上に載せて見つ惜しみ居れども明日(あす)は食はむか

栗の実もおちつくしたるこの山に一時(ひととき)を居てわれ去らむとす

斧のおと向ひの山に聞こゆるを間近くのごと聞かくし好しも

さまざまの虫のむらがり鳴く声をひとつの声と聞く時あるも





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