冬の鯉の内臓も皆わが胃にてこなされにけりありがたや
雪の上にかげをおとせる杉木立その影ながしわれの来しとき
歯科医よりかへり来たりて一時間あまり床中に這入りゐしのみ
両岸にかぶさるごとく雪つみて早春の川水嵩まされる
ひとり言われは言はむかしかすがに一首の歌も骨が折れるなり
外出より帰り来りて靴下をぬぎ足袋に穿きかへにけり何故か
春の来むけはひといへどあまのはら一方はれて一方くもる
名残とはかくのごときか塩からき魚の目玉をねぶり居りける
一冬を降りつみし雪わが傍に白きいはほのごとく消のこる
あまづたふ日は高きより照らせれど最上川の浪しづまりかねつ
道のべに蓖麻の花咲きたりしこと何か罪ふかき感じのごとく
ほがらほがらのぼりし月の下びにはさ霧のうごく夜の最上川
まどかなる月はのぼりぬ二わかれながるる川瀬明くなりつつ
月読ののぼる光のきはまりて大きくもあるかふゆ最上川
まどかなる月の照りたる最上川川瀬のうへよ霧見えはじむ
まどかなる月やうやくに傾きて最上川のうへにうごく寒靄
ふる雪の降りみだるれば岡の上の杉の木立もおぼろになりぬ
雪の中より小杉ひともと出でてをり或る時は生あるごとくうごく
あまぎらし降りくる雪のおごそかさそのなかにして最上川のみづ
ふゆ寒く最上川べにわが住みて心かなしきをいかにかもせむ
最上川ながれさやけみ時のまもとどこほることなかりけるかも
足元の雪にまどかなる月照れば青ぎる光ふみてかへるも
横ざまにふぶける雪をかへりみむいとまもあらず橋をわたりつ
けふ一日雪のはれたるしづかさに小さくなりて日が山に入る
数十年の過去世となりしうら若きわが存在はいま夢となる
眼下を大淀なして流れたる最上の川のうづのおと聞こゆ
最上川雪を浮ぶるきびしさを来りて見たりきさらぎなれば
老いし歯の痛みゆるみしさ夜ふけは何といふわが心のしづかさ
白き陽はいまだかしこにあるらしくみだれ降りたる雪やまむとす
なげかひを今夜はやめむ最上川の石といへども常ならなくに
ぬばたまの夜空に鷺の啼くこゑすいづらの水におりむとすらむ
いたきまでかがやく春の日光に蛙がひとつ息づきてゐる
最上川のなぎさに近くゐたりけりわれのそがひはうちつづく雪
かげる山てりかへる山もろともに雪は真白に降りつもりたる
まなかひに見えをる山の雪げむりたちまちにしてひくくなりたり
あまつ日の光あたれる山なみのつづくを見れば白ききびしさ
かたはらに黒くすがれし木の実みて雪ちかからむゆふ山をいづ
こもりより吾がいでくればとほどほに雪うるほひていまぞ春来む
人は餅のみにて生くるものに非ず漢訳聖書はかくもつたへぬ
全けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか
両岸をつひに浸してあらそはず最上川のみづひたぶる流る
わが心今かおちゐむ最上川にぶき光のただよふ見れば
濁水に浮び来りて速し速しこの大き河にしたがへるもの
河鹿鳴くおぼろけ川の水上にわが居るときに日がかたぶきぬ
城山をくだり来て川の瀬にあまたの河鹿聞けば楽しも
年老いて吾来りけりふかぶかと八郎潟に梅雨の降るころ
北へ向ふ船のまにまに見えて来しひくき陸山くろき前山
あま雲のうつろふころを大きなるみづうみの水ふりさけむとす
われもまた現身なれば悲しかり山にたたふるこの湖に来て
常なしと吾もおもへど見てゐたり田沢湖の水のきはまれるいろ
山のべにうすくれなゐの胡麻の花過ぎ行きしかば沁むる日のいろ
かば色になれる胡瓜を持ち来り畳のうへに並べて居りき
峡のうへの高原にして湧きいづる湯を楽しめば何かも云はむ
のぼり来し肘折の湯はすがしけれ眼つぶりながら浴ぶるなり
朝市に山のぶだうの酸ゆきを食みたりけりその真黒きを
川のおと山にひびきて聞こえをるその川のおと吾は見おろす
あけび一つ机の上に載せて見つ惜しみ居れども明日は食はむか
栗の実もおちつくしたるこの山に一時を居てわれ去らむとす
斧のおと向ひの山に聞こゆるを間近くのごと聞かくし好しも
さまざまの虫のむらがり鳴く声をひとつの声と聞く時あるも
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